2008年5月15日木曜日

Gorin-Ojisan

金帽子と、日の丸の扇子がトレードマークの「五輪おじさん」こと国際オリンピック応援団長の山田直稔さんが、8月の北京オリンピックで半世紀近い五輪応援生活にピリオドを打つ決意をしたそうです。彼は五輪の正装は羽織はかま姿に、右手に日の丸の扇子。6つのペアがあると言われる金の帽子だと語り、1964年のTOKYO大会から1968年のMEXICO大会、1972年のMUNCHEN大会、1976年のMONTREAL大会、1980年のMOSKVA大会、1984年のLOSANGELES大会、1988年のSEOUL大会、1992年のBARCELONA大会、1996年のATLANTA大会、1998年のNAGANO冬季オリンピック、2000年のSYDNEY大会、2004年のATENE大会と、12大会連続ですべて開会式から閉会式まで現地に滞在していました。そして、大会ごとに主催国の小旗を1000本作り、現地人と友達になるために日本の五円玉を「ジャパニーズハッピーコイン」と言ってばらまいていたそうです。かかる費用は1大会で約1000万円とも言われ、この44年間では1億円以上も五輪の応援のために使っている計算となります。日本がボイコットした80年のモスクワ大会には、ソ連と五輪の旗を手に単身で現地に乗り込み、「平和と友好」を訴えました。「言葉も通じない異文化間で、世界を救うのは笑顔だけ」と語る彼は、今年2月には日本にある中国大使館に中国の小旗1000本を贈ったそうです。山田直稔さんは1926年生まれで、現在は82歳です。日本大学工学部建築学科卒業後、ワイヤーロープ業界に入り、60年に「浪速商事」を設立しました。ホテル、不動産業などの社長を経て会長職につき、現在は一線から退いて五輪の応援に専念しています。84年のロサンゼルス大会から国際オリンピック応援団長の肩書きを得ていますが、自称大相撲、全国草野球の応援団長というほどのスポーツ好きです。いつも笑顔が絶えない山田直稔ですが、92年から8月8日を「ワッハッハの日」にするよう政府に陳情し続けているそうです。奇しくも今年の8月8日は北京五輪の開幕する日となっており、その日はきっと山田直稔さんの極上の笑顔を見ることができるでしょう。

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